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ラベル(キムかつ怪奇譚)が付いた投稿を表示しています

愛猫が自分の腹の上で寝るのを「信頼の証だ…!」と勝手に感動している実家住まいの非正規雇用43歳独身男性キムかつ

    薄暗い四畳半、万年床の上で、キムかつは至福の重みを感じていた。愛猫のタマが、ふかふかの、しかし若干加齢臭が漂い始めたキムかつの腹の上で、満足げに喉を鳴らしている。「タマ…お前だけだよ、俺をこんなにも信頼してくれるのは…」。キムかつの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。齢43、実家暮らしの非正規雇用。社会の歯車というよりは、歯車の溝に挟まったホコリのような存在。それがキムかつであった。 その夜、キムかつの腹の上で眠るタマが、不意に淡い七色の光を放った。キムかつは寝ぼけ眼でそれを見て、「おお、タマよ、お前はついに悟りを開いたのか…それとも、俺の腹の脂がプリズム効果を…?」などと見当違いな感動を覚えていた。 翌朝、キムかつが惰眠を貪っていると、階下から母親の甲高い声が響いた。「カツオ!あんた、今日は仕事休みだって!なんか、社長がUFOにさらわれたとかで、会社がてんやわんやらしいわよ!」。キムかつは飛び起きた。UFO?社長が?まさか…。しかし、テレビをつけると、ワイドショーはその話題で持ちきりだった。「昨日未明、〇〇市の株式会社△△の社長宅に謎の飛行物体が飛来し、社長夫妻を連れ去った模様です。現場には奇妙な粘液と、なぜか大量の猫じゃらしが残されており…」。 「…タマ?」 キムかつは恐る恐る、傍らで毛づくろいをするタマに視線を送った。タマは「にゃあ」と一つ鳴き、キムかつの鼻先に肉球を押し付けた。その瞬間、キムかつの脳内に、直接的なイメージが流れ込んできた。『退屈だった。ちょっと宇宙にドライブに行きたくなった。ついでに社長も誘ってみた。土産は猫じゃらしでいいかと思った』。 キムかつは戦慄した。うちの猫、とんでもない能力を秘めているのでは? それからの日々は、キムかつにとってまさに夢のようだった。最初は半信半疑だったが、「明日の昼飯、極上のうな重になあれ」とタマに願えば、翌日、出前持ちが「ご注文の特上うな重です。代金は…あれ?お支払い済みになってますね。どなたかからのプレゼントでしょうか?」と首を傾げながら届けに来る。「あのコンビニの新人バイトの女の子と、ちょっとイイ感じになりたいな」と願えば、翌日、その子がレジで「あの…いつもありがとうございます。これ、よかったら…」と、期限切れ間近のアンパンを頬を染めながら差し出してくる。    ...

モテる男のファッション誌を読んでとりあえず襟を立ててみたけど何かが違う気がする実家住まいの非正規雇用43歳独身男性キムかつ

    拝啓、鏡の中の道化師へ。 キムかつ43歳。万年床が定位置の実家子供部屋で、彼は人生の一発逆転を夢見ていた。非正規という不安定な小舟で世間の荒波に揺られ、孤独という名の無人島に漂着して久しい。カレンダーは無情にめくられ、腹回りの浮き輪だけが着実にその厚みを増していく。そんな彼が、ある日、古雑誌の山から一冊の聖書(バイブル)を発掘した。『月刊 モテる男の最終定理』。埃をかぶったその表紙には、爽やかな笑顔の外国人モデルが、これみよがしにシャツの襟を立てていた。 「これだ…!」 キムかつは雷に打たれたような衝撃を受けた。モテる男は襟を立てる。単純明快なその法則に、彼は暗闇に差す一筋の光明を見た。早速、クローゼットの奥から年代物のポロシャツを引っ張り出し、鏡の前で外国人モデルを真似て襟を立ててみる。くたびれた襟は力なく垂れ下がろうとするが、キムかつは執念でそれを立たせた。 鏡に映る自分の姿。…何かが違う。 確かに襟は立っている。しかし、外国人モデルの洗練された雰囲気とは程遠い。そこには、無理やり背伸びをさせられている、どこか間の抜けた中年男がいるだけだった。首筋が妙にスースーする。いや、チクチクとした微かな痒みのような感覚さえあった。 「気のせいか…?」 キムかつは首を傾げた。その瞬間、鏡の中の自分の襟が、ピク、と痙攣したように見えた。そして、ほんの僅かだが、襟の角度が変わった気がした。 その夜から、キムかつの首筋の違和感は増していった。立てた襟が、まるで生き物のように彼のうなじに纏わりつき、時折、微かな音を立てるのだ。シャリ…シャリ…と、まるで小さな虫が何かを齧るような音。そして、囁き声が聞こえ始めた。 《ソウダ…ソノ調子ダ…キムカツ…》 それは、古井戸の底から響くような、陰湿でねっとりとした声だった。 「だ、誰だ…?」     キムかつは部屋を見回すが、誰もいない。声は、彼の立てた襟、その内側から直接響いてくるようだった。 《オマエハ…カワレル…コノ襟ガ…オマエヲ導ク…》 恐怖よりも先に、キムかつの心に奇妙な高揚感が芽生えた。この襟は、ただの布ではない。モテる男へと自分を導いてくれる、魔法のアイテムなのかもしれない。 しかし、襟の要求は次第にエスカレートしていった。それはキムかつの自信のなさ、卑屈な心、過去の恋愛におけるトラウ...

体重計の数字が怖くてしばらく電池を抜いて封印した実家住まいの非正規雇用43歳独身男性キムかつ

    体重計ノイローゼ・ブルース キムかつ(43歳・独身・非正規雇用・実家暮らし)にとって、自室のベッドの下は聖域であり、同時に魔窟でもあった。そこに、彼が「封印」した忌まわしき物体が眠っているからだ。それは、埃をかぶったデジタル体重計。最後に表示された数字の残像が脳裏に焼き付き、キムかつは恐慌状態に陥った。それ以来、彼は体重計から単三電池を抜き取り、ガムテープで電池蓋をぐるぐる巻きにし、さらにコンビニ袋で三重に包み、「禁」とマジックで書き殴った紙を貼り付け、ベッド下の暗がりへと押し込んだのである。 彼の日常は、体重計の呪縛から逃れるための闘いだった。スーパーの鏡張りの柱、ショーウィンドウ、電車の窓に映る自分の姿から目を逸らす。風呂場の鏡は常に湯気で曇らせ、決して全身を見ようとしない。ベルトの穴が一つ、また一つときつくなっている事実は、巧妙な思考のすり替えによって「洗濯による縮み」あるいは「ベルト革の経年劣化」として処理された。 食事は、カロリー計算などという恐ろしい行為とは無縁の、コンビニ弁当とカップ麺、そして安価なスナック菓子が中心だった。深夜、両親が寝静まった後、冷蔵庫から発掘した残り物や菓子パンを、罪悪感と奇妙な高揚感をない交ぜにしながら、自室で貪り食う。その行為は、体重計へのささやかな反逆であり、同時に自らを罰する儀式でもあった。   しかし、「封印」は完璧ではなかった。ベッドの下から、時折、奇妙な物音が聞こえるようになったのだ。最初は気のせいかと思った。家鳴り、あるいはネズミか何かだろうと。だが音は次第にハッキリとしてきた。それは、カチリ、カチリ、という、まるで昆虫が硬い殻を擦り合わせるような、あるいは遠い昔の柱時計が律儀に時を刻むような、乾いた無機質な音だった。 「まさか…」 キムかつは冷や汗をかいた。体重計だ。電池も入っていないはずの体重計が、音を発している? 恐怖に駆られ、彼はベッド下の暗がりに手を伸ばしかけたが、すぐに引っ込めた。「禁」の文字が、暗闇の中で赤く光ったような気がしたのだ。 現象はエスカレートしていく。ある朝、洗面台の鏡に映った自分の顔の横に、一瞬だけ「88.8」という数字が湯気の中に浮かび上がって消えた。別の日は、飲み干したインスタントコーヒーのカップの底に、黒い粉が奇妙な模様を描いていた。目を凝らすと...

弟夫婦のラブラブなSNS投稿を見て無心でポテトチップス(のり塩)を食べ続けた実家住まいの非正規雇用43歳独身男性キムかつ

      『海苔塩の侵略』 蛍光灯がチカチカと瞬く深夜、キムかつ(43歳・独身・非正規雇用・実家暮らし)は、万年床と化した布団の上でスマートフォンの画面を凝視していた。画面には、満面の笑みを浮かべた弟夫婦の写真が映し出されている。キラキラした加工が施され、「#結婚記念日 #愛してる #最高のパートナー」といった、キムかつの神経を逆撫でするハッシュタグが並んでいた。弟は一部上場企業に勤め、昨年都内にマンションを購入した。片やキムかつは、実家の子供部屋から出られず、派遣の軽作業で日銭を稼ぐ日々。その格差が、スマートフォンの明るい画面との対比で、より一層、暗く重くキムかつの心にのしかかる。 「…………別に、羨ましくなんかないし」 誰に言うでもなく呟き、キムかつは脇に置いてあった大袋のポテトチップス(のり塩)に手を伸ばした。パリッ。乾いた音が部屋に響く。塩気と青のりの風味が口の中に広がるが、味はよく分からない。ただ無心で、機械的に、彼はチップスを口に運び続けた。SNSのフィードをスクロールする指と、チップスを掴む指が、まるで別の生き物のように動き続ける。弟夫婦の次の投稿は、おしゃれなレストランでのディナーの写真だった。キャンドルの灯りが二人の幸せそうな顔を照らしている。 パリ、パリ、サク、サク……。 キムかつは食べるのをやめられない。袋はあっという間に空になり、彼は躊躇なく戸棚から新しい袋を取り出した。今夜3袋目だ。胃がもたれる感覚も、塩分過多への懸念も、今の彼にはどうでもよかった。ただ、この画面の中の「幸福」から目を逸らすための、防衛本能のようなものだったのかもしれない。 その時、奇妙なことに気づいた。指先に付着した青のりの粒子が、やけに鮮やかな緑色をしている。そして、払っても払っても、なぜか指から離れないのだ。まるで、皮膚に根を張ろうとしているかのように。 「…なんだこれ」 気味悪く思いながらも、食べる手は止まらない。SNSには弟夫婦の飼い犬(トイプードル)が、二人にじゃれついている動画がアップされた。「家族が増えました(笑)」というコメント付き。キムかつの心臓が、嫌な音を立てて軋む。 パリッ!     ひときわ大きな音を立ててチップスを噛み砕いた瞬間、異変は加速した。指先だけでなく、手の甲、腕、さらには布団や床に散らば...

猫カフェで他の客の猫に言い寄ろうとして店員さんにやんわり注意された実家住まいの非正規雇用43歳独身男性キムかつ

    猫と蛍光灯と、四十三歳の宇宙 蛍光灯が単調なハム音を立てる。四畳半の自室。壁にはいつ貼ったかも忘れたアイドルグループのポスターが煤けている。キムかつ、四十三歳、独身、実家暮らし、非正規雇用。彼の宇宙は、この部屋とコンビニと、週に一度の猫カフェ「にゃんだーランド」で完結していた。 キムかつの非正規の仕事は、古紙回収センターでの仕分け作業だ。古新聞や段ボールの山に埋もれながら、彼は時折、インクの匂いに混じって、遠い銀河の猫型宇宙人のテレパシーを受信していると信じていた。それは、彼が抱える巨大な孤独感を埋めるための、ささやかな防衛機制だったのかもしれない。     その日、キムかつはくたびれたスウェットから、なけなしの金で買った、少しだけ「まし」なポロシャツに着替えた。襟が微妙に黄ばんでいるのは見ないふりをする。目的地は「にゃんだーランド」。そこは彼にとって、古紙センターの埃っぽさとは無縁の、清潔で柔らかな聖域だった。 ドアを開けると、猫特有の甘い匂いと消毒液の匂いが混じり合った空気が彼を迎える。壁際のキャットタワーでは、毛皮の貴族たちが気ままに昼寝をし、床では子猫たちがじゃれ合っている。キムかつは受付で規定料金を支払い、震える手で消毒スプレーを吹きかけた。彼の視線は一点に注がれていた。窓際の席で、一人の女性客の膝の上で優雅に香箱座りをしている、純白のペルシャ猫。キムかつはその猫を「スノーエンジェル」と密かに呼んでいた。 彼はスノーエンジェルこそが、猫型宇宙人の女王であり、自分をこの退屈な地球から連れ出してくれる存在だと固く信じていた。問題は、スノーエンジェルには既に「地球での仮の保護者」がいることだ。膝の上に乗せている、小綺麗なワンピースを着た女性。キムかつは彼女を「障壁」と認識していた。 キムかつは、空いている席には目もくれず、スノーエンジェルのいるテーブルへ、まるで引力に引かれるように近づいた。女性客はスマホを見ていて、キムかつの接近に気づいていない。彼はそっと膝をつき、四つん這いに近い姿勢になった。床に額がつきそうなほど頭を下げ、囁く。 「女王陛下…迎えに参りましたぞ…この地球の軛(くびき)から貴女様を解放し、共に星々の海へ…」 彼の声は、周囲の客たちのひそひそ話や、猫の鳴き声にかき消されるほど小さかった。しかし、その...

実家の自分の部屋だけなぜか昭和の時間が流れている気がする実家住まいの非正規雇用43歳独身男性キムかつ

      昭和ノスタルヂア・デイドリーム 西暦2025年、玲瓏たる令和の光が降り注ぐ住宅街の一角。しかし、キムかつ(43歳・独身・非正規雇用・実家暮らし)の自室だけは、頑なに昭和後期の空気を吐き出し続けていた。黄ばんだ壁紙、ブラウン管テレビの残骸、アイドルなのか女優なのか判然としない女性のポスターは、セピア色を通り越して煤けている。部屋に満ちるのは、防虫剤と古紙、そしてキムかつの澱んだ溜息が混じり合った、独特の匂い。 キムかつは、近所のダンボール工場で、来る日も来る日もベルトコンベアを流れる無地の箱に、ただひたすらガムテープを貼るだけの作業に従事していた。最低賃金ギリギリの時給。社員登用の話など、夢のまた夢。同僚は年下ばかりか、異国の言葉を話す若者たち。彼らの溌溂とした会話の輪に、キムかつが入る隙間はなかった。ただ黙々とテープを貼り、休憩時間はスマホで昭和の歌謡曲をイヤホンで聴く。それが彼の世界の全てだった。 家に帰ると、リビングからは両親が見ているワイドショーの騒々しい音が漏れ聞こえてくる。キムかつはそれに背を向け、自室の軋むドアを開ける。一歩足を踏み入れると、空気が変わる。令和の喧騒が嘘のように遠のき、耳には幻聴のように、微かに『ザ・ベストテン』のイントロが響く気がした。 「ただいま、聖子ちゃん…」 壁のポスターに声をかけるのが、彼の唯一のコミュニケーション。ポスターの彼女は、永遠の笑顔で応えてくれる…ようにキムかつには見えた。     彼の部屋の奇妙さは、単なる古さではなかった。時々、不可解な現象が起こるのだ。誰もいないはずなのに、黒電話のベルが「ジリリリン!」とけたたましく鳴り響く。受話器を取れば、聞こえるのは砂嵐のノイズと、遠い日の雑踏のような音だけ。ブラウン管テレビは、電源が入っていないにもかかわらず、深夜になると砂嵐の奥に、白黒の力道山の試合や、『ひょっこりひょうたん島』の断片のような映像を幻視させることがあった。 キムかつは、それを恐怖ではなく、むしろ郷愁と安らぎをもって受け入れていた。この部屋だけが、彼を拒絶しない。昭和という、彼が最も輝いていた(と勝手に思い込んでいる)時代が、ここには息づいているのだ。中学時代、クラスのマドンナに渡せなかったラブレター。友達と熱狂したファミコン。初めて買ったレコー...

「痩せたらモテる」と信じて買ったダイエット器具が今では愛猫のお気に入りの爪とぎになっている実家住まいの非正規雇用43歳独身男性キムかつ

    理想の爪痕 キムかつ(43歳、独身、実家暮らし、非正規雇用)の部屋の隅には、かつての希望、そして現在の無力さの象徴が鎮座していた。通販で買った、腹筋を鍛えるという触れ込みの、黒くてゴツいダイエット器具だ。「痩せたらモテる」。そんな、まるで呪文のような言葉を信じて、なけなしのボーナスをはたいて購入したのが、もう何年前になるだろうか。最初の三日間だけは、汗を流し、鏡の前で腹筋の割れ目を夢想した。だが、キムかつの意志は、鍛え上げられるはずだった腹筋よりも遥かに脆弱だった。すぐに器具は埃をかぶり始め、部屋のオブジェと化した。 そして今、その黒い塊は、新たな役割を得ていた。飼い猫のタマが、そのザラザラした表面をいたく気に入り、極上の爪とぎとして愛用しているのだ。バリバリ、バリバリ…。キムかつが安物の発泡酒をあおりながら、ぼんやりとテレビを見ている間も、タマは一心不乱に爪を研いでいる。その音を聞くたび、キムかつは自嘲のため息をつくしかなかった。俺のモテたい願望の残骸が、猫の爪の手入れに使われているとは。人生とは皮肉なものだ。     その夜、異変は起こった。いつものようにタマがダイエット器具で爪を研いでいると、突如、器具が青白い光を放ち始めたのだ。タマがつけた無数の爪痕が、まるで精密な電子回路のように、明滅を繰り返している。 「…ん? なんだ?」 キムかつは目をこすった。疲れているのだろうか。それとも、発泡酒の飲みすぎか。光はすぐに消え、器具は再びただの黒い塊に戻った。タマも、何事もなかったかのように毛づくろいを始めている。気のせいか、と思い、キムかつはそのまま眠りについた。 しかし、それは気のせいではなかった。翌日から、キムかつの部屋に奇妙な変化が起こり始めた。まず、クローゼットの中に、見覚えのない、やけに洒落たデザインのシャツが数枚紛れ込んでいた。誰のだ? いつの間に? 不審に思いつつも、くたびれた自分の服と見比べ、キムかつはそれをそっと元に戻した。 次の日には、机の上に、高級そうな腕時計が置かれていた。もちろん、キムかつのものではない。まるで、「こういうのを身につけるのがモテる男だぞ」とでも言われているような気がして、気味が悪かった。 そして、数日後の深夜。キムかつがトイレに起きて部屋に戻ると、部屋の中央、ダイエット器具の前に...

愛猫のおやつ代を稼ぐためにポイントサイトのアンケートに必死で答えた実家住まいの非正規雇用43歳独身男性キムかつ

    『ポイントサイトの悪魔と、キムかつの褪せたキャットフード』 蛍光灯の白い光が、壁の黄ばんだシミをいやらしく照らし出す。キムかつ、本名・木村勝男、43歳、独身、非正規雇用。人生のハイライトといえば、中学時代のマラソン大会で奇跡的に3位に入ったことくらいか。今は実家の子供部屋だった六畳間に寄生し、古びたパソコンと向き合う日々だ。彼の瞳は、画面の隅に表示されるポイント残高に釘付けになっている。目標額まで、あと、312ポイント。 「タマ…もうちょっとだからな…我慢しろよ…」 キムかつが声をかける先には、部屋の隅で香箱座りをする老猫、タマがいる。白地に茶色のブチが入った、どこにでもいるような雑種猫だが、キムかつにとっては唯一無二の家族であり、この薄暗い生活における一条の光、いや、唯一の温もりだった。そのタマが最近、お気に入りの高級おやつ「海の宝石箱・極上まぐろ味」に見向きもしなくなった。獣医に見せると、加齢による食欲不振だろうとのこと。だが、キムかつは諦めきれない。あの恍惚とした表情で「海の宝石箱」を頬張るタマの姿を取り戻したい。そのためには、より匂い立ち、より嗜好性の強い、しかし当然ながら高価な「プレミアム・キャットニップ風味・深海サーモンムース仕立て」を手に入れねばならないのだ。 その原資を得るべく、キムかつが血眼になって取り組んでいるのが、ポイントサイトのアンケート回答だ。「あなたの好きな色は?」「休日の過ごし方は?」「最近購入した家電は?」…ありきたりな質問に、彼は無心でクリックを繰り返す。1ポイント、また1ポイントと、雀の涙ほどの報酬が積み重なっていく。それはまるで、賽の河原で石を積むような、虚しくも切実な作業だった。 そんなある日、いつもの退屈なアンケートリストの中に、異質なものが紛れ込んでいることに気づいた。 【特別調査】あなたの潜在的な”願望”に関するアンケート(高ポイント進呈!) 怪訝に思いつつも、”高ポイント”の文字に釣られてクリックする。現れた質問は、これまでのものとは明らかに毛色が違った。 問1:もし、あなたの愛する存在を不老不死にできるとしたら、何を代償にしますか?(複数選択可:a. 自身の寿命の半分 b. 全財産 c. 最も美しい思い出 d. 他者の不幸 e. その他) 問2:世界から”退屈”という概念を消し去るボタンがあ...

弟の子供(甥っ子)に「おじちゃんみたいにはならない」と言われグサッときたけど笑顔で「そうだな」と返した実家住まいの非正規雇用43歳独身男性キムかつ

    歪んだ笑顔 蛍光灯が白々しく照らす六畳間。壁にはいつ貼ったかも忘れたアイドルのポスターが、色褪せてこちらを見ている。キムかつ(43歳)は、万年床と化した布団の上で、無意味にスマホの画面をスワイプしていた。時刻は午前2時。非正規雇用の倉庫作業員である彼にとって、この時間は自由であり、同時に虚無だった。実家の一室が彼の世界の全てだった。 数日前、甥っ子が遊びに来た時のことだ。小学生になったばかりのその子は、無邪気に、しかし残酷な一言を放った。 「僕、大きくなったらおじちゃんみたいにはならないんだ!」 隣にいた妹夫婦は慌てて甥っ子の口を塞いだが、空気は凍りついた。キムかつの心臓は、古釘でも打ち込まれたかのように軋んだ痛みを上げた。だが、彼の顔の筋肉は、長年の処世術で、勝手に笑顔の形を作ってしまう。 「はは、そうだな。もっと立派になれよ」 声は、自分でも驚くほど穏やかだった。甥っ子はキョトンとしていたが、キムかつの笑顔は完璧だったはずだ。少なくとも、その時はそう思っていた。 異変はその夜から始まった。いつものように安酒を煽り、布団に潜り込んだ。眠りは浅く、奇妙な夢を見た。自分が粘土細工になり、甥っ子の小さな手で歪な笑顔を無理やり貼り付けられる夢だ。   朝、洗面台の鏡を見て、キムかつは息を呑んだ。 顔が、笑っていた。 口角がキュッと上がり、目が三日月型に細められている。まるで、昨日の甥っ子に向けた、あの作り笑顔のまま固まってしまったかのようだ。 「な、なんだこれ…」     慌てて顔の筋肉を動かそうとするが、ピクリともしない。まるで強力な接着剤で固定されたように、笑顔はキムかつの顔に貼り付いていた。 最初のうちは、単なる寝癖のようなものだろうと高を括っていた。しかし、その笑顔は水を浴びても、顔を叩いても、引っ張っても、元には戻らなかった。 職場では当然、奇異の目で見られた。 「キムかつさん、何か良いことでもあったんですか?」 同僚が遠慮がちに尋ねてくる。キムかつは事情を説明しようとしたが、笑顔のせいで口がうまく開かず、どもりがちになる。 「い、いや…その、なんというか…顔が…」 説明すればするほど、無理に笑って誤魔化しているようにしか見えない。やがて人々は彼を気味悪がり、遠巻きにするようになった。昼休憩の食堂でも、彼の...

マッチングアプリのプロフィールに「猫好き」と書いたら猫の写真ばかり送られてきて人間との会話が始まらない実家住まいの非正規雇用43歳独身男性キムかつ

    『猫化する男』 西暦2025年、梅雨時の湿った空気がキムかつこと木村克美(43歳・独身・非正規雇用・実家暮らし)の六畳間に澱んでいた。安物の扇風機がぬるい風をかき混ぜる音が、彼の絶望的な孤独を強調しているかのようだ。スマホの画面には、今日だけで受信した37枚目の猫の写真が映し出されている。三毛、茶トラ、黒猫、ペルシャ…種類は様々だが、送り主は全て異なる女性アカウント。しかし、そこに添えられているのは「うちの子、可愛いでしょ?」という定型文ばかりで、キムかつ自身への問いかけは皆無だった。 「いや、可愛いけど…俺と話してくれよ…」 キムかつが虚空に呟く。彼は三ヶ月前、藁にもすがる思いでマッチングアプリに登録した。「趣味:猫(飼ってないけど好き)」と正直に書いたのが運の尽きだった。以来、彼のもとに届くのは猫、猫、猫。女性たちのプロフィール写真も、なぜか本人ではなく飼い猫の写真ばかり。まるで巨大な猫好きコミュニティに迷い込んだようで、肝心の人間とのロマンスの気配は微塵も感じられない。     非正規の倉庫作業で稼ぐわずかな金は、実家に入れる生活費と、たまに買うカップ麺、そしてこのアプリの月額料金で消えていく。43歳にもなって親のすねをかじり、恋愛経験も乏しい。鏡に映る自分は、疲れ切った中年男そのものだ。白髪の混じる無精ひげ、生気のない目、猫背気味の痩せた体。情けなさが服を着て歩いているような有様だった。 その夜、奇妙なことが起こり始めた。いつものように深夜、薄暗い部屋でスマホを眺めていると、画面の中の猫の写真が一斉に動き出したのだ。アメリカンショートヘアが画面から飛び出すような勢いで伸びをし、スコティッシュフォールドが「にゃーん」と鳴いた(気がした)。キムかつは目を擦る。疲れているのだろう。しかし、気のせいではなかった。 『キムかつさん、もっと構ってほしいニャ』 画面に、吹き出しと共にメッセージが表示された。送り主は「ミケコ」という名の、三毛猫のアイコンの女性だ。 「え…?」 初めて人間(?)からの能動的なメッセージに、キムかつは動揺した。指が震える。 『あ、あの、ミケコさん? 猫ちゃん、可愛いですね』 当たり障りのない返信をするのが精一杯だった。 『知ってるニャ。それより、キムかつさんは何味が好きかニャ? かつお節? ちゅーる...

90kgの体で猫用トンネルをくぐろうとして抜けなくなって軽くパニックになった実家住まいの非正規雇用43歳独身男性キムかつ

    ニャンネルの向こう側 キムかつ(43歳、独身、実家暮らし、非正規雇用、体重90kg)は、古びた実家のリビングで、飼い猫のタマが真新しい猫用トンネルをくぐり抜けるのを、ぼんやりと眺めていた。シャカシャカと音を立てて、しなやかな体がトンネルを駆け抜ける。その軽やかさが、ソファに沈み込む自身の重たい肉体とは対照的で、キムかつの胸にちくりとした痛みが走った。 「タマはいいよなぁ、自由で…」 誰に言うでもなく呟く。工場のライン作業で疲れ切った体は、休日の今日も鉛のように重い。テレビは退屈なワイドショーを垂れ流し、窓の外では、隣家の子供たちの楽しそうな声が聞こえる。何もかもが、キムかつの孤独と停滞感を際立たせるようだった。 その時、悪魔が囁いたのか、それとも単なる気の迷いか。キムかつは、床に置かれたカラフルな猫用トンネルに目をやった。ポリエステル製の、直径わずか25センチほどの筒。 「……俺も、通れるんじゃね?」 突拍子もない考えが、脳裏をよぎった。いや、無理に決まっている。90kgの巨体が、猫のおもちゃを通り抜けられるわけがない。だが、退屈と自己嫌悪が飽和点に達していたキムかつの思考は、妙な方向に舵を切った。もしかしたら、この息苦しい現実から、あの小さなトンネルを抜けた先には、何か違う世界が待っているのかもしれない。そんな、ファンタジーじみた妄想が、むくむくと膨らみ始めたのだ。 「よし、ちょっと試してみるか」 キムかつは、よっこいしょ、と重い腰を上げた。四つん這いになり、トンネルの入り口に頭を向ける。タマが「ニャ?」と怪訝そうな顔でこちらを見ている。 「大丈夫だって、タマ。兄ちゃん、ちょっと冒険してくるからな」     根拠のない自信と共に、キムかつは頭からトンネルに突っ込んだ。布地がギシギシと悲鳴を上げる。思ったより、狭い。肩をすぼめ、腹をへこませ、なんとか上半身をねじ込むことに成功した。 「お、いけるいける!」 調子に乗って、さらに体を押し進める。しかし、問題はここからだった。キムかつの立派な太鼓腹が、トンネルの最も細い部分で、無慈悲な抵抗に遭ったのだ。 「ぐっ…!」 進むことも、退くこともできない。まるで、巨大なソーセージが、無理やり細いケーシングに詰め込まれたような状態だ。トンネルの布地が、皮膚に食い込む。 「あれ…? あ...

弟の新築祝いに持っていく手土産を悩みすぎて結局スーパーの値引きされたカステラにした実家住まいの非正規雇用43歳独身男性キムかつ

カステラは囁く キムかつ(43歳、独身、実家暮らし、非正規雇用)は、スーパーの蛍光灯の下、黄色い値札とにらめっこしていた。3割引。弟、ケンジの新築祝いに持っていく手土産だ。昨日から散々悩んだ。デパートの高級洋菓子、老舗の和菓子、気の利いたワイン…どれもこれも、今のキムかつの財布には重すぎた。見栄と現実の狭間で右往左往した末、結局、いつものスーパーの値引きコーナーに流れ着いたのだ。 「…カステラか」 黄金色の、ふっくらとした長方形。悪くない。子供の頃、特別な日にしか食べられなかった高級品のイメージが、まだキムかつの脳裏には焼き付いている。3割引とはいえ、体裁は保てるはずだ。それに、ケンジの嫁さん、確か甘いもの好きだったような…。誰に言い訳するでもなく、キムかつはカゴにカステラを放り込んだ。レジで支払いを済ませ、ビニール袋をぶら下げて夜道を歩く。古い実家の玄関を開けると、埃とカビの匂いが混じった、いつもの空気がキムかつを迎えた。 自室のちゃぶ台にカステラを置く。包装紙のわずかな破れが、値引き品であることを雄弁に物語っているようで、妙に気になる。ため息をつき、安焼酎のボトルを開けた。明日のことを考えると、気が重い。ピカピカの新築一戸建て。大手企業に勤める弟。優しい(ように見える)奥さん。そして、可愛い(であろう)姪っ子。それに引き換え、自分は…。実家の子供部屋に寄生し、工場の単純作業で日銭を稼ぐ中年男。弟の成功は眩しく、同時にキムかつの惨めさを際立たせる鏡のようだった。 「…なんで、こうなっちまったかなぁ」 グラスに残った焼酎を一気に煽る。酔いが回り、意識が朦朧としてきたその時だった。 『…おい』 低い声が聞こえた。気のせいか? キムかつは部屋を見回す。誰もいない。 『おい、キムかつ。聞こえてんだろ』 声は、ちゃぶ台の上から聞こえてくる。まさか、と思い、キムかつはカステラに目をやった。 『そうだ、俺だよ。お前が買ってきた、3割引の俺様だ』 カステラが喋っている。包装紙の上からでも、その声ははっきりとキムかつの鼓膜を震わせた。声質は、キムかつ自身の声によく似ていたが、もっと低く、ねっとりとした嘲りが含まれていた。 「…う、嘘だろ…」 キムかつは後ずさった。酔いのせいか、幻覚を見ているのか。 『幻覚? ハッ、お前の人生そのものが幻覚みたいなもんじゃねえか。43にもなって、実家...