スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

8月 11, 2025の投稿を表示しています

モテる男のファッション誌を読んでとりあえず襟を立ててみたけど何かが違う気がする実家住まいの非正規雇用43歳独身男性キムかつ

    拝啓、鏡の中の道化師へ。 キムかつ43歳。万年床が定位置の実家子供部屋で、彼は人生の一発逆転を夢見ていた。非正規という不安定な小舟で世間の荒波に揺られ、孤独という名の無人島に漂着して久しい。カレンダーは無情にめくられ、腹回りの浮き輪だけが着実にその厚みを増していく。そんな彼が、ある日、古雑誌の山から一冊の聖書(バイブル)を発掘した。『月刊 モテる男の最終定理』。埃をかぶったその表紙には、爽やかな笑顔の外国人モデルが、これみよがしにシャツの襟を立てていた。 「これだ…!」 キムかつは雷に打たれたような衝撃を受けた。モテる男は襟を立てる。単純明快なその法則に、彼は暗闇に差す一筋の光明を見た。早速、クローゼットの奥から年代物のポロシャツを引っ張り出し、鏡の前で外国人モデルを真似て襟を立ててみる。くたびれた襟は力なく垂れ下がろうとするが、キムかつは執念でそれを立たせた。 鏡に映る自分の姿。…何かが違う。 確かに襟は立っている。しかし、外国人モデルの洗練された雰囲気とは程遠い。そこには、無理やり背伸びをさせられている、どこか間の抜けた中年男がいるだけだった。首筋が妙にスースーする。いや、チクチクとした微かな痒みのような感覚さえあった。 「気のせいか…?」 キムかつは首を傾げた。その瞬間、鏡の中の自分の襟が、ピク、と痙攣したように見えた。そして、ほんの僅かだが、襟の角度が変わった気がした。 その夜から、キムかつの首筋の違和感は増していった。立てた襟が、まるで生き物のように彼のうなじに纏わりつき、時折、微かな音を立てるのだ。シャリ…シャリ…と、まるで小さな虫が何かを齧るような音。そして、囁き声が聞こえ始めた。 《ソウダ…ソノ調子ダ…キムカツ…》 それは、古井戸の底から響くような、陰湿でねっとりとした声だった。 「だ、誰だ…?」     キムかつは部屋を見回すが、誰もいない。声は、彼の立てた襟、その内側から直接響いてくるようだった。 《オマエハ…カワレル…コノ襟ガ…オマエヲ導ク…》 恐怖よりも先に、キムかつの心に奇妙な高揚感が芽生えた。この襟は、ただの布ではない。モテる男へと自分を導いてくれる、魔法のアイテムなのかもしれない。 しかし、襟の要求は次第にエスカレートしていった。それはキムかつの自信のなさ、卑屈な心、過去の恋愛におけるトラウ...