グリズリー・ベアを打ち破り、異世界格闘大会の観客から喝采を浴びたキムかつは、勝利の興奮と困惑が入り混じった感情で、サイクロン号を抱きしめていた。肩のうーろんと腕のぷーあるも、先ほどの興奮が冷めやらない様子で、闘技場を見渡している。
その時、闘技場の司会者が再び高らかに声を上げた。
「異界の挑戦者、キムカツ! その力、まこと驚くべきもの! しかし、この大会はただの力比べではない! 次なる試練は、知と勇気を試す冒険となる!」
司会者の言葉に、観客たちは再び熱狂する。キムかつの足元の「鉄」のプレートが光り始め、中央部分がゆっくりと下降していった。
「な、なんだ!?」
闘技場の地下へと吸い込まれるように降りていくキムかつ。ぷーあるが不安げに「ニャー」と鳴き、うーろんもキムかつの腕に顔をうずめた。暗闇の中をしばらく下降すると、やがて光が見えてきた。
目を開けると、そこは広大な砂漠の真ん中だった。灼熱の太陽が容赦なく照りつけ、地平線の彼方まで砂漠が広がる。先ほどまでいた闘技場とは打って変わって、静かで、しかしどこか危険な雰囲気が漂っていた。
「砂漠…? 次の試練って一体…」
途方に暮れるキムかつの足元に、突然、古びた羊皮紙が舞い落ちてきた。拾い上げて見ると、そこには歪んだ文字でこう書かれていた。
「風の神殿に眠る秘宝を探せ。砂漠の試練を乗り越えし者のみ、次の扉を開く資格を得るだろう。――案内人は既に、お前の傍らにいる」
「風の神殿? 秘宝? 案内人?」
キムかつが困惑していると、背後から聞き覚えのある声がした。
「やっと来たか、異界の愚か者め」
振り返ると、そこに立っていたのは、先ほどまで闘技場にいたはずの審判ゴブリンだった。だが、彼の雰囲気は先ほどまでとは全く違う。震えていた声には自信が宿り、その目は鋭く光っていた。
「お、お前は…!」
ゴブリンはにやりと笑った。
「わしはこの砂漠の試練の案内人、名をゴブリン・ザ・ウィズダムという。お前は先の戦いでわしを楽しませた。故に、特別にこの試練の道案内をしてやろう」
「は、はあ…」
あまりにも急な展開についていけないキムかつだが、とりあえずこのゴブリンと行動を共にすることになった。
「では、早速出発だ! 風の神殿は、この砂漠の嵐の先に隠されている!」
ゴブリンはそう言うと、どこからともなく巨大な砂嵐を呼び起こした。砂漠の真ん中で、瞬く間に視界が奪われるほどの砂嵐が巻き起こる。
「うわあああ! なんだこれ!?」
舞い上がる砂に目を瞑り、キムかつはサイクロン号を胸に抱きしめる。すると、彼のトレードマークである赤いマフラーが、砂嵐の中で激しくたなびき、まるで彼の進むべき方向を示すかのように揺れ動いた。
「赤いマフラーが…!?」
その時、肩のうーろんと腕のぷーあるが、砂嵐の中でも落ち着いた様子で、キムかつを見上げた。そして、二匹の目がそれぞれ奇妙な光を放ち始めた。うーろんの目からは緑色の光が、ぷーあるの目からは青白い光が放たれ、それらが砂嵐の粒子を透かし、遠くの方向を指し示した。
「ニャーン!」
「ニャア!」
まるで「あっちだ!」とでも言うように。
「うーろん! ぷーある! お前たち、まさか…!」
キムかつは驚いた。猫たちが持つ不思議な力が、こんな場所でも発揮されるとは。
「ほう…その猫たち、やはり只者ではないな。その光は、精霊の力を宿している証。道を開け、愚か者…いや、キムカツよ!」
ゴブリン・ザ・ウィズダムは目を細めてそう呟き、キムかつの背中を押した。
「行けるか、キムカツ!?」
「ああ、なんとか!」
キムかつは、砂嵐の中でサイクロン号をしっかりと抱え、猫たちの示す方向へと進み始めた。縦27cm、横40cm、高さ6cmの大型コントローラーを胸に抱えるため、一歩足を踏み出すたびに砂に足を取られ、体力の消耗が激しい。おまけに、時折、巨大な砂虫のような魔物が砂の中から飛び出してくる。
「くそっ! こんな時こそ…!」
キムかつは、両手でサイクロン号を構える。左手でレバーを、右手でボタンを高速で操作すると、彼の背後に「三島一八」の幻影が再び現れた。 幻影は砂虫の動きを正確に捉え、稲妻を纏った拳を叩き込む。
「風神拳!」
「ゴアアアア!」
砂虫は幻影の拳に打ち砕かれ、砂となって消えていく。キムかつは、幻影の力に助けられながら、砂漠を進んでいった。茶色のティアドロップサングラスが、砂の粒から彼の目を守っている。
数時間、砂漠を彷徨っただろうか。灼熱の太陽が傾き始め、砂漠が夕焼け色に染まる頃、彼らの目の前に、突如として巨大な神殿の影が現れた。それは、風化した石で造られた、古代文明の遺物のような荘厳な建物だった。
「あれが…風の神殿か…!」
ゴブリン・ザ・ウィズダムが興奮したように叫んだ。
神殿の入り口には、巨大な岩が道を塞いでいる。しかし、その岩には無数の風の紋様が刻まれ、その紋様が特定の配列で光っているようだった。
「これは、風の紋様を正しく並べるパズルだ。間違えれば、神殿の守護者たちが目覚めるぞ」
ゴブリンはそう説明したが、紋様は複雑で、規則性が見当たらない。キムかつが途方に暮れていると、ぷーあるが岩に近づき、鼻で特定の紋様をツンツンとつつき始めた。それに呼応するように、うーろんが別の紋様を前足でそっと撫でる。
二匹の猫が次々と紋様を指し示す。その動きは、まるでパズルの答えを知っているかのようだった。
「まさか、お前たち、これも分かるのか!?」
キムかつは驚きながらも、猫たちの示す通りにサイクロン号のレバーとボタンを操作し、幻影の男に紋様を触らせる。その幻影の指先が紋様に触れるたびに、紋様は強く光り、神殿の入り口に刻まれた巨大な岩が、ゆっくりと横にスライドしていく。
「すごいぞ…猫たち!」
岩が完全に横にスライドすると、神殿の内部へと続く暗い通路が現れた。通路の奥からは、微かな風の音が聞こえてくる。
「さあ、キムカツ! 秘宝は、神殿の最奥に眠っているはずだ。しかし、ここからは更なる試練が待ち受けているだろう。覚悟は良いな?」
ゴブリン・ザ・ウィズダムの問いに、キムかつはサイクロン号を抱きしめ、茶色の指切りグローブをはめた手でレバーを握りしめた。彼の赤いマフラーが、神殿から吹き出す風にたなびく。
「もちろんさ。俺はゲーマーだ。どんな試練だろうと、クリアしてやる!」
そして、キムかつは、未知の秘宝が眠る風の神殿の奥へと、一歩足を踏み入れた。背後からは、うーろんとぷーあるの、頼もしい「ニャー」という声が聞こえてくる。砂漠の試練を乗り越えたキムかつ隊の、次なる冒険が今、始まる!




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