小春日和の昼下がり、カフェのテラス席で、ミサキ（28歳、フリーランスのイラストレーター）はスケッチブックに向かっていた。最近、仕事が立て込んでおり、ようやく訪れた穏やかな時間に、少しでもインスピレーションを得ようとしていた。 隣の席には、どこか疲れた様子の男性が一人、コーヒーを飲んでいた。時折、小さくため息をついている。それが、たまたまカフェに来ていたキムかつだった。彼は今日、久しぶりのアルバイトがうまくいかず、少し落ち込んでいたのだ。些細なミスを上司に注意され、自分の不器用さを改めて感じていた。 ミサキは、ふと視線を上げた時、キムかつがこぼしたコーヒーが、テーブルの端からゆっくりと滴り落ちているのに気づいた。小さな雫は、まるでテーブルの角という小さな舞台から、消えゆく蟻の涙のようだった。 その瞬間、ミサキの心に、かすかな痛みが走った。それは、キムかつがこぼしたコーヒーの雫という小さな出来事から連想された、彼女自身の抱える小さな苦労や不安だった。フリーランスという不安定な立場、なかなか評価されない焦燥感、将来への漠然とした不安。それらは、普段は意識の奥底に押し込めているけれど、ふとした瞬間に顔を出す、まるで「豆腐の角に落ちた蟻の涙」のような、小さくても確かに存在する感情だった。 キムかつは、コーヒーがこぼれたことに気づいていない様子で、ぼんやりと空を見上げている。ミサキは、声をかけようか迷ったが、彼の沈んだ雰囲気に、そっとしておいた方がいいと感じた。 代わりに、ミサキはスケッチブックに、そのコーヒーの雫を描き始めた。最初はただの偶然の光景だったけれど、描いているうちに、それは彼女自身の心の小さな叫びのように思えてきた。テーブルの角は、彼女が今立っている不安定な場所。滴り落ちるコーヒーは、彼女の抱える小さな不安や焦りの象徴。 絵を描き進めるうちに、ミサキの心は少しずつ整理されていった。大きな成功や喜びばかりが人生ではない。日々の小さな出来事、小さな感情の中にこそ、大切な何かがあるのかもしれない。キムかつがこぼしたコーヒーの雫は、彼にとっては小さな失敗かもしれないけれど、ミサキにとっては、自身の内面を見つめ直すきっかけになったのだ。 しばらくして、キムかつはハッと我に返ったように、こぼれたコーヒーに気づき...