
むかしむかし、というには少し現代に寄りすぎた、とある町の片隅に。40代、独身、非正規雇用、実家暮らしという人生のコンボを背負った男がいた。その名を「キムかつ」。体重90Kgの巨体をゲーミングチェアに沈め、今日も今日とて『鉄拳8』のライブ配信に勤しんでいた。
「うおおらぁ!見とけよお前ら!今度こそ最速風神拳決めたらぁ!」
オールバックにした髪を揺らし、茶色のティアドロップサングラスの奥で目を光らせるキムかつ。その手には、7色に輝く2基のファンが怪しく回転する自作のレバーレスコントローラー「サイクロン号」が握られている。トレードマークの赤いマフラーが、部屋の扇風機の風を受けて虚しく揺れていた。
しかし、画面の中の三島一八は無情にもスカッとしたアッパーを繰り出すだけ。「また最風(さいふう)ミスってんぞw」「ただの風神ステップw」というコメントが画面を流れ、キムかつの眉間に深い谷が刻まれる。
「うるせぇ!コントローラーの調子が悪いんだよ!」
その時、襖がスパン!と開き、母親(通称:おばあちゃん)が巨大な段ボール箱を抱えて立っていた。
「いつまでゲームばっかりやってるの!あんた宛に、なんか胡散臭い桃が届いてるわよ!」
「あ?桃?」

それは、キムかつがエナジードリンクのキャンペーンで応募した「伝説のゲーミングピーチ」だった。開けてみると、桃の形をした最新鋭のゲーミングチェアが鎮座している。大喜びで座るキムかつ。すると、チェアのアームレストからホログラム映像が投影された。
『選ばれし者、キムかつよ。遥か南海の孤島「鬼ヶ島」に巣食う悪質なチーター集団(鬼)を討伐せよ。彼らは違法ツールを用い、オンライン対戦環境を荒らしている。成功報酬は**「生涯無料のギガ速インターネット回線」と「伝説のゲーミングデバイス一式」**とする』
「ギガ……速……回線……だと……!?」
非正規の給料のほとんどを課金と機材に溶かすキムかつにとって、それは金銀財宝以上の輝きを持つ言葉だった。彼の目は完全に据わった。
「鬼退治…上等じゃねえか…!」
キムかつは茶色の指切りグローブをはめ直し、赤いマフラーを締め直した。母親が呆れ顔で「どうせろくなことじゃないんでしょ。ホラ、プロテインとBCAA混ぜといたから」と、きびだんごの代わりに怪しげなプロテインバーを数本手渡した。
「行くぞ!うーろん!ぷーある!」
キムかつが叫ぶと、足元で寝ていた愛猫のうーろん(茶白)とぷーある(茶トラ)が「にゃーん」と応える。彼は二匹を抱え、自慢の「サイクロン号」を窓の外へ向けた。
「サイクロン号、テイクオフモード!」
キムかつの声に反応し、サイクロン号のファンが轟音とともに回転数を上げる。コントローラーは巨大なドローンに変形し、キムかつと猫二匹を乗せて夜空へと舞い上がった。目指すは南の海、鬼ヶ島サーバー!

道中、腹を空かせた犬、猿、雉がプロテインバーをよこせと擦り寄ってきたが、「これは俺の筋肉の源だ」と一蹴し、鬼ヶ島へと突き進んだ。
たどり着いた鬼ヶ島は、巨大なサーバーラックが城壁のようにそびえ立つハイテク要塞だった。島の中心でキムかつを待っていたのは、筋骨隆々の赤鬼。彼もまた、ゲーミングサングラスをかけた歴戦の猛者(ゲーマー)だった。
「貴様か、我々の聖域を荒らしに来たというのは!」
「お前らこそ、ラグとチートで環境を破壊する悪鬼だな!勝負しろ!」

かくして、世界の回線環境の未来を賭けた『鉄拳8』10本先取マッチが始まった。
キムかつの一八に対し、鬼が選んだのは豪腕のギガース。一進一退の攻防が続く。キムかつは何度も最速風神拳を狙うが、焦りからか、ことごとく入力ミス。「DORYA!」という威勢のいい掛け声は、虚しく空を切るばかり。
「なぜだ!このサイクロン号の完璧な入力精度をもってしても!俺の指が…俺の才能が追いつかないというのか!」
スコアは9対9。運命のファイナルラウンド。鬼の猛攻を受け、キムかつの体力は残りドット。絶体絶命。
その時、キムかつの膝の上で戦いを見守っていた、うーろんとぷーあるが動いた。
「「「に゛ゃあああーーーーっ!!」」」
二匹の猫は、まるで示し合わせたかのようにサイクロン号の12個のアクションボタンの上に飛び乗ったのだ!緑、赤、白のボタンが、肉球によってランダムかつ超高速で連打される!
画面の中の一八が、誰も見たことのない動きを始める。最速風神拳ではない。霧足でもない。それは、猫の肉球が生み出した、理論上不可能な偶然の産物、**「猫まっしぐら15連コンボ」**だった!
予測不能のコンボを全て食らったギガースは、なすすべもなく宙を舞い、K.O.の表示が画面を飾った。
静寂が訪れる。
「…俺の、負けだ」
サングラスを外し、赤鬼は潔く敗北を認めた。聞けば、彼らはチーターではなく、ただ回線が劣悪な島で、どうにか快適にゲームをしようと試行錯誤していた、孤独なゲーマーたちだったのだ。
かくして、キムかつは約束のギガ速回線をゲットした。そして、その回線を鬼ヶ島にも分配し、鬼たちと固い友情の握手を交わした。
今では、「キムかつ&鬼ちゃんねる」は超人気ゲーム配信チャンネルとなり、鬼ヶ島は世界中から猛者が集うeスポーツの聖地となった。

キムかつは相変わらず40代、独身、非正規雇用の実家暮らしだが、超人気配信者として、今日もヘタクソな最速風神拳をリスナーに愛あるヤジを飛ばされながら、勝利の女神(猫)であるうーろんとぷーあるの喉をゴロゴロと鳴らしているのであった。
おしまい。
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