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島の神輿

 


へえ、毎度お付き合いいただきまして、ありがとうございます。前回は指輪を巡る物騒なお噺でございましたが、今宵はがらりと趣向を変えまして、南の島のお噺でございます。

ロビンソン・クルーソー。皆さまもどこかで耳にしたことがございましょう。船が難破し、たった一人、流れ着いたのが無人島。普通ならここで「ああ、俺の人生もこれまでか」と膝を抱えてしょげるところでございますが、このクルーソーさんてえのが、めっぽう真面目で働き者だった。

無いなら作ろうホトトギス。家を建て、畑を耕し、麦の種を見つけてはパンを焼き、野生のヤギを捕まえては家畜にする。毎日聖書を読んで、神に感謝を捧げる。いやはや、こちとら三日も続かねえ。たいした男でございます。

と、まあここまでは美談でございますが、実はこの島、もう一人、とんでもねえのが流れ着いておりやした。これがまあ、クルーソーさんとは、月とスッポン、提灯に釣鐘、まあるい地球のちょうど裏側みてえな男でございまして。さあ、この二人が出会っちまったから、話がややこしくなる。

ある日のことでございます。クルーソーさん、いつものように島の見回りをしておりますと、見慣れねえもんが砂浜に突き刺さってる。

「なんだ、ありゃ?」

近づいてみますと、なんとまあ、真っ赤な布切れ。どう見てもこの島に自生する植物じゃございやせん。

その布切れ…マフラーでございますが、そいつをたどっていくと、岩陰に洞窟がある。中をそーっと覗き込みますとね、おりましたよ。

でっぷりと太った大男が、いびきも高々に、ぐーすか、ぐーすか、大の字になって寝てやがる。歳は四十がらみ、髪はオールバック。傍らには何やら四角く光る板が鎮座して、茶白と茶トラの子猫が二匹、その腹の上で呑気に丸くなってる。我らがキムかつさん、その人でございます。

「おい!起きろ!あんた、何者だ!」

クルーソーさんが揺り起こしますと、キムかつさん、目をしょぼしょぼさせて、

「んあ…?うるせえな…まだ昼だろ…オフクロ、今日の昼飯は…」

なんて寝ぼけてる。

「ここはどこ!?あんた誰!?俺、なんかした!?」

状況がまるで飲み込めておりやせん。

クルーソーさん、言葉は通じねえが、一目見て悟りましたね。

「ああ、こいつはダメだ」と。

目つき、体つき、その場の空気、全てが「働きたくねえ」と雄弁に物語っておる。

とはいえ、同じ人間。見捨てるわけにもいかねえと、クルーソーさん、自分の住処へとこのお荷物を連れて帰りました。

さあ、ここからがクルーソーさんの苦難の始まりでございます。

クルーソーさんが汗水たらして畑を耕している横で、キムかつさんは木陰でゴロリ。

「腹へったなあ…」

クルーソーさんがヤギの乳を搾って差し出すと、

「うわ、生臭っ!俺、こういうのダメなんだよ。もっとこう、さっぱりしたやつ、低脂肪乳とかねえの?」

クルーソーさんが苦労して採ってきた木の実を渡せば、

「これ、洗った?農薬とか大丈夫?オーガニック?」

あるわけがねえ。

キムかつさんの仕事といいましたら、ただ一つ。自分が抱えてきた、あの光る板「サイクロン号」を、浜辺で拾ったきれいな布で、キュッキュ、キュッキュと磨くことだけでございます。

時折、内部のファンがブゥンと回って、七色に光る。それを見たクルーソーさん、

「おお、神よ…あれは悪魔の箱ではありますまいか…」

と、気味悪がって十字を切る始末。

 


 

そんなある日、島に食人族がやってまいりやして、捕虜を食おうというとんでもねえ宴会が始まった。クルーソーさん、勇気を振り絞って捕虜を助け出す。この青年が、後にフライデーと呼ばれるようになります。

このフライデーが、実に利口で働き者だった。クルーソーさんは彼に言葉を教え、仕事を教え、神の教えを説く。フライデーはみるみるうちにそれを吸収し、クルーソーさんの忠実な僕となった。

「おお、フライデー!お前のような男に会えて、私は幸せだ!」

クルーソーさん、涙を流して喜びます。

その間、キムかつさんはどうしてたか。はい、相も変わらず洞窟でゴロゴロしておりました。

ところが、でございます。この怠け者のキムかつさんに、思わぬ役割が生まれてきやがった。

純朴なフライデーの目に、このキムかつさんの姿が、どうにも不思議なもんに映ったんでございますな。

クルーソー様はいつもセカセカと働いていらっしゃる。だが、あちらの大きな方は、一日中、洞窟の奥でどっしりと座っておられる。動かない。働かない。ただ時折、ため息をついて寝返りを打つだけ。そして、その膝の上では、いつもあの七色の箱が、不思議な光を放っている…。

フライデー、考えましたね。

「ああ、そうか!あのお方こそ、この島の本当の神、山の神様に違いねえ!」と。

あの微動だにしない姿は、俗世の労働など超越した、神の威厳の現れだと、こう解釈しちまった。

それからというもの、フライデーの行動が変わりました。クルーソーさんのために獲ってきた魚の一番美味いところ、見つけてきた果物の一番熟れたやつを、そーっとキムかつさんの枕元に「お供え」するようになっちまった。

キムかつさんにしてみりゃあ、

「お、フライデー君、気が利くなあ。今日の昼飯か。サンキュー」

てなもんで、ありがたく頂戴する。

クルーソーさんは、もう呆れてものが言えません。

「フライデー、あれは神様じゃない。ただの怠け者だ」

 


 

と言おうにも、フライデーがあまりに敬虔な顔でお供えをするもんですから、まあ、それで島の平和が保たれるなら、と黙認することにしちまった。

足元の猫二匹なんざ、「神の使い」として、フライデーから特別に可愛がられております。

さて、それから十数年。ついにイギリスの船が島にやってまいりまして、救助の時が来た。

クルーソーさんとフライデーは、抱き合って喜びます。

キムかつさんも、

「え、マジで!?帰れんの!?やったー!風呂だ!ラーメンだ!ネットフリックスだー!」

と、一人違う理由で大はしゃぎ。

いよいよ船に乗り込むという時、フライデーが、キムかつさんの前に恭しくひざまずき、深く深く、頭を下げました。

「偉大なる、沈黙の神よ。あなたの尊き怠惰の教え、決して忘れはしませぬ…!」

船の甲板で、船長がクルーソーさんに尋ねました。

「クルーソーさん。長年、ご苦労なさったようですな。ところで、あちらの恰幅のよろしいお方は、あなたが教化した部族の王か何かで?」


 

 

船長の指さす先には、赤いマフラーを風になびかせ、サングラスの奥の目を細めて故郷の空を想う、キムかつさんの姿。

クルーソーさん、長年の疲れがどっと出たような顔で、天を仰いで、ぽつりと言いました。

「いいえ。あれは、ただの…神輿でございます」

怠け者も、ところ変われば神様になる。まことにこの世は、分からねえもんでございますな。てなところで、今宵のお噺はこれまで。

お粗末様でございました。

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