へえ、毎度馬鹿馬鹿しいお噺で、お付き合いをいただきまして、ありがとうございます。
えー、こちとら現代、電気で明かりはつくわ、車は走るわ、まことに便利な世の中でございますが、ちょいと昔に目を向けますとね、世の中は剣だの魔法だのってえ物騒なもんで満ちていたそうで。
中つ国、なんてえ場所がございまして、ここでは一つの指輪をめぐって、そりゃあもう大騒ぎ。エルフだのドワーフだの、背の低いホビットだの、いろんな連中が寄ってたかって、一つの指輪を火山の火口に捨てに行こう、なんてえ壮大な旅の真っ最中でございます。
さて、そのご一行様が、モリアっていうドワーフの古い巣、薄暗ーい洞窟の中を、そろりそろりと進んでおりやした。先頭はガンダルフっていう偉い魔法使いのおじいさん。杖の先っぽが、ぽーっと心もとなく光ってる。暗いの、寒いの、じめじめするの、おまけに後ろからオークなんて化け物が追ってくるかもしれねえ。いやはや、たまりません。
一行が、ガラクタが山と積まれた工房跡で、ちいとばかし休んでた、その時でございます。
ガタガタガタッ！
部屋の隅のガラクタの山が、突然揺れだした。と思いきや、
ピカピカピカッ！チカチカチカッ！
赤だの青だの緑だの、七色の光が目まぐるしく点滅する。
「なんだなんだ！？」「敵か！？」
弓やら斧やらを構えて、みんな殺気立っております。
と、そのガラクタの山がガラガラと崩れましてね、中から転がり出てきたのが、一人の男。
これがまあ、なんとも妙ちきりんな格好で。歳は四十がらみ、腹はでっぷり、髪はオールバック。首には場違いな真っ赤なマフラーを巻きつけて、目には茶色のサングラス。どう見てもこれから冒険てえ顔じゃねえ。どっちかっていうと、近所のコンビニにでも行くような風体でございます。
このお人、名をキムかつと申します。腕にはなにやら四角い板を、大事そうに抱えてる。足元にゃあ、茶白と茶トラの子猫が二匹、ふるふると震えておりやす。
「な、なんだここは！？ 俺は部屋でハンダごて握ってたはずじゃ…」
さあ、わけがわからねえのはご一行様も同じこと。
「何やつ！サウロンの手先か！」
なんてアラゴルンさんが凄みますと、
「さうろん？ 誰ですかい、そりゃ。俺はキムかつ！ ここはどっかの撮影スタジオですかい？ ずいぶん凝ってますなあ」
と、こうなりますと、話がまるで噛み合わねえ。
さあ、どうしたもんか。みんなが顔を見合わせておりますと、一行の中におりましたドワーフのギムリさん、この人が頑固一徹で売ってる職人さんでございますが、このギムリさんの目が、キムかつさんの抱えてるその「板」に、ピタッと吸い寄せられちまった。
「おい、旦那。ちいと、そいつをこっちへ見せてみな」
声がね、もう興奮で震えてる。キムかつさん、おっかなびっくりその板…「サイクロン号」と申しますが、これをギムリさんに手渡しますと、さあ大変。
ギムリさん、その板を手に取って、まずはじーっと眺める。次に指でつーっと撫でる。
「おお…」
口から感嘆のため息が漏れました。
「この透明な板はなんだ！ 水晶か！？ ガラスか！？ いや違う！ なんてえ滑らかさだ！ まるで磨き上げたミスリルのようだ！」
「あ、いや、それはアクリル板で…」
「『あっ、くりる』！？ 聞いたことがねえ！ それはエルフの谷にしか伝わらぬという幻の金属か！」
「はあ…」
「見ろ！ この中では二つの円盤が、七色の光を放ちながら回っておる！ この光はなんだ！ 星のかけらか！？ こいつが『える・いー・でー』の宝珠か！」
「ええ、まあLEDファンですけど…」
「『える・いー・でー』！ なんてえ力強い響きだ！ そしてこの見事に並んだ十二の丸い石！ これは何かの封印か！？」
「いえ、ボタンです…押すんです…」
「押すだと！？ 押したら何が起きるんだ！ 世界が滅ぶか！？」
もう、キムかつさんの言うことなすこと、全部が全部、とんでもねえ勘違いに繋がっていく。
とうとうギムリさん、キムかつさんの肩をガシッと掴んで、
「旦那！ あんた、ただもんじゃねえな！ こんなもんを作り上げるなんざ、ドワーフの祖、大地のドゥリン様でも無理だわい！ この『サイクロン号』の秘密、洗いざらい吐いてもらうまで、ここから一歩も動かさんからな！」
てなわけで、しがない非正規雇用のキムかつさんは、なぜだか「伝説の工芸の匠」に祭り上げられちまって、この物騒な旅に、なし崩しで付き合わされることになっちまったんでございます。
道中がまた大変で。みんなはひょいひょい進むんですが、キムかつさんは九十キロの体、えっちらおっちら、息は切れるわ、汗はだくだく。
夜になりますと、ギムリさんが隣に座って、
「なあ旦那、この左の棒は何に使うんだい」
「レバーです。方向を…」
「ほう、世界の理を導く『導きの杖』か！」
てな調子で、一晩中質問攻め。キムかつさん、もう泣きたい気分でございます。
さて、一行はとうとう、でっけえ化け物「バルログ」なんちゅうもんと出くわしまして。ガンダルフじいさんが「ここは通さん！」てな名台詞を残して、化け物と一緒に谷底へ真っ逆さま。
悲しんでる暇もねえ、オークが後ろからワンサカ追ってくらあ。
「逃げろー！」
一行、モリアの出口へ向かってまっしぐら。と、目の前にでっけえ石の扉が、ドン！
「くそっ、開かねえ！」
ギムリさんが斧でガンガンやっても、びくともしない。
さあ、絶体絶命！ 万事休すかと思われたその時、ギムリさんがキムかつさんを振り返った。その目は、あのサイクロン号をギラリと捉えております。
「旦那！ そいつを貸しな！」
「へ？」
キムかつさんの手からサイクロン号をひったくると、ギムリさん、扉の横にあった細ーい隙間に、そいつをグイグイねじ込み始めた！
「や、やめろー！ 俺のサイクロン号が！ それだけが俺の生きがいなんだ！」
キムかつさんの悲鳴が洞窟に響き渡ります。
その時でございます。
バチチチチッ！
サイクロン号の板が、古代の仕掛けに触れたんでしょうなあ。ものすごい火花が散ったかと思いきや、
ガガガガッ！ ゴゴゴゴ…！
あら不思議。何千年と閉ざされていた石の扉が、ゆっくりと、しかし確かに開いていくじゃございませんか。
「おお！開いた！開いたぞ！」
みんな、その光の向こうへ駆け出していく。
かくして一行は命拾い。めでたしめでたし…とは、いかねえんでさあ。
モリアの外に出まして、ギムリさんが、黒焦げになったサイクロン号を、申し訳なさそうにキムかつさんに返しました。
「旦那、すまねえ。あんたの宝をこんなにしちまった。だが、こいつぁ俺たちの命を救った『ドゥリンの護符』だ！ このギムリ、命に代えても元通りに直してみせるからな！」
キムかつさん、もう言葉もございません。黒焦げの板を抱きしめて、ただただ突っ立ってる。
「いや、あの、もう、いいんです…帰りたい…」
その声の、なんとまあか細いこと。
ただのゲームのコントローラーが、なぜか『伝説の遺物』に。しがないゲーム好きのオッサンが、『謎の工芸の匠』に。本人はもう終わりだと思っておりますが、周りはそうは見てくれねえ。
さあ、このキムかつさん、この先一体どうなっちまうんでございましょう。お後の展開は、また次のお楽しみ、てえところで、本日のお時間もちょうど良いようで。
毎度のお付き合い、まことにありがとうございました。お粗末様でございました。
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