白い光の渦に飲み込まれたキムかつは、目を閉じたまま、まるで高速でエレベーターが上昇するような浮遊感に包まれていた。腕の中にしがみつく茶トラねこのぷーあると、肩に乗った茶白ねこのうーろんの温もりが、わずかな安心感をくれる。一体どこへ行くのか、どんな世界が待っているのか、想像もつかない。
やがて、その浮遊感は止まり、光が急速に薄れていく。恐る恐る目を開けると、そこは先ほどの巨大な歯車が回る異空間とは全く異なる、広大な円形闘技場の真ん中だった。周囲からは、ざわめきと熱狂的な歓声が響き渡る。
「な、なんだここ…!?」
キムかつの目の前には、土が敷かれた真新しい闘技場が広がっていた。周囲を何段もの観客席が取り囲み、色とりどりの衣装をまとった様々な種族の観客たちが、身を乗り出すようにしてこちらを見つめている。人間らしき者もいれば、獣の耳や尻尾を持つ者、あるいは鱗に覆われた者まで、まさに異世界感満載だ。上空には巨大な飛行船がいくつも浮かび、その船からも観客たちが下を覗き込んでいる。
そして、彼の足元には、なぜか巨大な「鉄」の文字が刻まれたプレートが埋め込まれていた。
「このプレートは…まさか…!?」
キムかつが呆然としていると、闘技場の中央に立つ、屈強な体格の司会者が高らかに叫んだ。
「さあ、皆の衆! 長らくお待たせいたしました! これより、我らが異世界格闘大会、最終戦が始まるぞおおお!」
「い、異世界格闘大会!?」
キムかつは思わず叫んだ。なぜ、この異世界で、自分が最も愛する格闘ゲームを彷彿とさせる大会が開かれているのか。混乱がピークに達する。
「対戦者はこの二人! まずは、我が地の誇る最強の戦士! 伝説の獣人、グリズリー・ベアッー!」
司会者の声と共に、闘技場の奥から咆哮が響き渡った。現れたのは、身長3メートルはあろうかという巨大なクマの獣人だった。全身を分厚い毛皮に覆われ、鋭い爪を持つ手が荒々しく振り回されるたびに、周囲の空気が震える。その眼光は鋭く、まるで獲物を狙うかのようにキムかつを射抜いていた。観客たちは狂喜乱舞し、地鳴りのような「ベアー!」コールが響き渡る。
「そして対するは…! 謎の光の中から現れた、異界の挑戦者! キムカツゥー!」
スポットライトがキムかつに当たる。観客たちの視線が一斉に彼に集中し、先ほどの熱狂とは打って変わって、静寂が訪れる。そして、戸惑いと好奇心が入り混じったようなざわめきが広がっていった。
「俺が…対戦相手!?」
キムかつは信じられない思いで、自身の両腕に抱えられたサイクロン号を見下ろした。縦27cm、横40cm、高さ6cmの大型アーケードコントローラーであるサイクロン号の七色のLEDは、まるで彼の動揺を映すかのように激しく明滅している。
「レフェリーよ、試合開始の合図を!」
司会者がそう言うと、審判らしき小柄なゴブリンが震える声で告げた。
「試合…開始っっ!」
ゴングが鳴り響く。
「がおおおお!」
グリズリー・ベアが地響きを立てながら、真っ直ぐにキムかつに向かって突進してきた。その巨体から放たれるプレッシャーは凄まじく、キムかつは思わず後ずさる。
「どうするんだ、俺…!」
普段の彼なら、一目散に逃げ出すところだ。しかし、サイクロン号を握りしめた指には、奇妙な熱が宿っていた。そして、肩に乗ったうーろんと腕にしがみつくぷーあるが、不安げに彼を見上げていた。
(そうだ、猫たちを守らなきゃ…! ここで逃げ出すわけにはいかない!)
キムかつは意を決し、サイクロン号を両手でしっかりと抱え込むように持ち、左手でレバーに、右手でボタンに指を置いた。彼の頭に、愛用する格闘ゲームキャラクター「三島一八」の姿が鮮明に浮かび上がる。
「サイクロン号…頼むぞ!」
その言葉に応えるように、サイクロン号のファンが「ヴォオオオオ!」と唸りを上げる。そして、キムかつの背後に、再び光の粒子が集まり始め、彼の意志が具現化した「三島一八」の幻影が立ち現れた。幻影は、グリズリー・ベアの突進を冷静に見据えている。
「風神拳!」
キムかつがサイクロン号のレバーを素早く「前、下、右下」と入力し、同時に攻撃ボタンを叩き込む。すると、彼の背後に現れた幻影の男が、稲妻を纏った拳をグリズリー・ベアに放った。幻影の拳は、巨大な獣人の顔面にクリーンヒットする!
「グガアアア!?」
不意打ちを食らったグリズリー・ベアは、たまらず数歩後退した。しかし、伝説の獣人は伊達ではない。すぐに体勢を立て直し、怒りの咆哮を上げた。
「よくもやったな…人間! 覚悟しろ!」
グリズリー・ベアは、巨大な爪を振りかざし、キムかつに襲いかかってきた。その爪の一撃は、闘技場の地面に深い傷跡を残すほどの威力だ。
キムかつは素早くサイクロン号を操作し、幻影の男に回避行動を取らせる。レバーを左右に倒し、ボタンを連打することで、幻影の男が右へ、左へ、上へ…と、まるでゲーム画面の中のキャラクターを操るように、舞う。茶白ねこのうーろんと、茶トラねこのぷーあるは、キムかつの腕の中で大人しく身を寄せ、その様子をじっと見守っていた。彼らもまた、キムかつの操る幻影の男に、何かを感じ取っているようだった。
観客席からは、幻影の男の素早い動きに、驚きと興奮の声が上がる。
「なんだあの男は!? 実体がないのに、獣人の攻撃をかわしているぞ!」
「異界の力か! なんて面白い試合なんだ!」
グリズリー・ベアの攻撃をひたすらかわし続けるキムかつ。彼は、格闘ゲームで培った「相手の行動パターンを読む」能力をフル活用していた。巨体の動きは直線的で単調。これなら、勝機はある!
「ローキックからの…デビルツイスター!」
キムかつは、サイクロン号のレバーとボタンを素早く入力する。すると、幻影の男が相手の足元を狙ったローキックを放ち、グリズリー・ベアの体勢を崩した。その隙を逃さず、キムかつは再び高速でコマンドを入力する。
幻影の男の右腕が、下から上へと渾身の突き上げ技を放った。デビルツイスターがグリズリー・ベアの巨体を宙へと打ち上げる!
「ガアアアアアアッ!」
グリズリー・ベアは悲鳴を上げながら、重い体躯が闘技場の土へと叩きつけられた。激しい衝撃と共に砂煙が舞い上がり、グリズリー・ベアはぴくりとも動かなくなった。
闘技場に、一瞬の静寂が訪れる。そして、次の瞬間、観客席から割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
「おおおおおおおっ!! 倒したぞ! あの伝説の獣人を倒した!」
「異界の挑戦者、キムカツ! 最強だ!」
歓声の中心で、キムかつは呆然と立ち尽くしていた。まさか、自分が、この異世界で、伝説の獣人を倒してしまうとは。サイクロン号の七色のLEDが、勝利を祝うかのように一層明るく輝いている。
審判のゴブリンが恐る恐るグリズリー・ベアに近づき、意識がないことを確認すると、高らかに叫んだ。
「勝者! キムカツゥー!」
再び地鳴りのような歓声が沸き起こり、観客たちはキムかつに喝采を送った。彼は赤いマフラーを風になびかせ、茶色のティアドロップサングラスの奥で、この信じられない状況を噛み締めていた。
「やったな、うーろん、ぷーある…!」
肩と腕の猫たちをそっと撫でると、二匹は満足げに「ニャー」「ニャン」と鳴いた。この勝利は、彼ら猫たちの持つ不思議な力、そしてサイクロン号が秘める未知の可能性、そしてキムかつ自身のゲーマー魂がもたらしたものだった。
しかし、戦いは終わったが、キムかつの冒険はまだ始まったばかり。この異世界格闘大会の先に何が待っているのか? そして、元の世界に戻るための手がかりは掴めるのか?
キムかつと、時空を超えし猫たちの奇想天外な冒険は、さらなる深みへと進んでいく!




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